Halloween Horror Night2011/09/29 21:11

「きゃあああっ!」
女の子の黄色い悲鳴が上がる。
目をやると、そこにはゾンビがよたよたと歩く姿が。二人の女の子がそれを避けようと後ずさる。
その顔に恐怖は無い。手にはデジタルカメラ…

そう、これはユニバーサル・スタジオ・ジャパンのハロウィーン限定イベント、夕闇迫る18時からのHalloween Horror Night…
USJの敷地内を100人のゾンビが徘徊するというとても怪しい(楽しい?)企画なのだ。
際物好きのサトルくんに引っ張られてわたしも来てしまいました。
でも、初日なもんで人多すぎ。100人ぐらいのゾンビじゃ、逆にやられちゃうんじゃないかしら。

18時のイベントスタート後、なかなかゾンビと遭遇しない。見えるのは人の頭ばかり。
ゾンビが逆に怖がってなかなか出てこないのかも…
「こりゃ、あれだな。 ゾンビにちょっとカジッてもらわんと人が減らんな。」
サトル君がおどけて言います。

ドライアイスのスモークが噴き出し、絶叫が大音響でスピーカーから流れ、演出を盛り上げようとしています。
そんな頃、ようやくゾンビの姿がチラホラと見受けられるように。
「あっ、ゾンビおった!」
一人のゾンビを遠巻きにして、みんながデジカメや携帯で写真を撮ろうとしています。
ゾンビはよたよたと歩きながら、時折、動きを早めて威嚇の声を発する。
「きゃあ!」
女の子が逃げながら、デジカメのシャッターを切っている。
ゾンビの動きを見ながらサトル君が
「暗闇で見たら、ゾンビも酔っ払いのおっさんと変わらんなあ」
などとほざいています。
「お、あっちでゾンビがスリラー踊ってるぞ。行こう リカ」
サトル君がわたしの手を握って走り出しました。
それに抗うことなく付いて行くわたし。ちょっとどきどき…

スモークを赤や緑の照明が怪しく彩る中、あちらこちらから悲鳴が聞こえる。
そしてカメラのフラッシュが、バシャバシャと焚かれている。そこにゾンビがいる証拠です。
「楽しいな。おれ、こういうの大好き!」
サトル君がウキウキしながらゾンビに走り寄り、デジカメのシャッターを切っている。
まあ、なんて子供々々してんだろう。呆れ顔でサトル君を見やるわたし。
でも、かわいいかな…

サトル君はわたしのことどう思ってるんだろう?
ただの後輩?それとも…?
ムードも何もない中、なに考えてるんだろうね、わたしは…

「あうっ!」
サトル君が急に右手を押さえて、うずくまった。
「どうしたの?」 怪訝そうに近寄るわたし。
「こいつ、噛みやがった!」
うずくまるサトル君を抱き起こし、上目に、前に立っているゾンビの顔を見る。
虚ろな目をしたそのゾンビは、口から泡のようなものを噴きながらなにかぶつぶつ言っている。
え、これって演技でしょう?違うの?なんかおかしい。
そう思う間もなく、あちこちで悲鳴が上がった。
それは今までの恐怖を楽しむ悲鳴ではなかった。
「きゃああ!」
「助けて!」
サトル君と同じく、ゾンビにかまれる者が続出した。
「なんだ、こいつ!なめんなよ!」
粋のいいのが果敢にゾンビに向かっていく。
馬乗りになり、ばちばちゾンビを殴るも、いっこうに効いてる様子がない。
そのうち、腕をとられ、かじり付かれた。
「ぎゃっ!」
のけぞるうちに逆に馬乗りされ、今度は顔にかじり付かれる。
「うわぁ!誰か助けて!」
鮮血が噴き出した。こうなると周りにいるものは恐怖で身体が動かない。腰を抜かしてへたり込み、後ずさる者もいる。
悲鳴と怒号が交錯する中、パニックが広がっていく。
「逃げるぞ リカ!」
サトル君がわたしの手を掴み、走り出した。でも逃げ惑う人の中、思うように進めない。
家族とはぐれた小さい子が泣いている。その姿も一瞬でパニックになった人たちの波に呑まれてしまった。
ああ、なにがどうなってるの?これってイベントじゃなかったの?怖い!恐い!
パニックで逃げ惑う人の中、ゾンビに馬乗りされ、内蔵を食い荒らされている者もいる。おびただしい血が流れ、それに足をとられて転倒する者も…

「大丈夫!リカは俺が守るから!」
サトル君がわたしを引っ張りながら、必死の形相で言う。
ああっサトル君…
サトル君の腕にしがみつき、恐怖に耐えるわたし。

「みなさん、これは何かの間違いですから、落ち着いてください!スタッフが誘導しますので落ち着いて避難してくださーい!」
USJのスタッフがメガホンでがなっている。
すると、避難誘導にしたがっている人々の中からスタッフに飛び掛かる人影が見えた。それはゴスロリの背中に天使の羽を生やした衣装の女の子だった。一般入場者の彼女の目は虚ろになっていて、スタッフの首筋に歯を立てた。衣装が衣装だけに、なんとも目を惹く光景だ。
ほかにも何人かの避難者が同じ避難者を襲う光景が見て取れた。
「ぎゃああっ!」
「やめろー!」
阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されていく。

避難誘導に従うのをあきらめ、サトル君とわたしは、パーク内に点在する茂みの中に身を隠しました。
「お約束だよな…ゾンビの数がどんどん増えてる…」
サトル君が下を向いて言いました。
「感染するんだ…」
「サトル君も…」
わたしの目から涙が溢れました。
「俺が噛まれてからすでに一時間経ってる。今はまだ感染の兆候はない。個人差があるんだろうな…でも、いずれは…」
サトル君の肩に頭をもたせ掛け、わたしはすすり泣くことしかできませんでした。
「ゴメンな リカ…俺がこんなイベント誘ったばっかりに…」
「ううん、ううん」
わたしは首を振り々々、サトル君の胸に顔をうずめました。
「しかし、何故こんなことに…」
そんなサトル君の疑問をよそに、わたしはこれが夢であってほしい、夢ならさめてほしいと思い、さらにサトル君への想いが交錯して、涙が止まらず、どうしていいかわかりませんでした。
「ゴメン、ハナミズ出ちゃった…」
「きたないなぁ」
サトル君はニコッと微笑むと、わたしの髪をやさしく撫でてくれました。
「俺の意識のあるうちに、なんとしてでもリカを逃がさなきゃ…しかしどうすれば…」
すでにパーク内はゾンビだらけ。出口までたどり着くことは、難しいようです。
しかし、そろそろ時間も経ってるし、警察等が出動してきてもおかしくないのでは?
でも、サイレンの音らしきものは聞こえてきません。聞こえるのは、相変わらず逃げ惑う人々の悲鳴と、ゾンビの吼える声…
「これは…」
サトル君が茂みの奥に50cm四方の小さな蓋を見つけました。何かのダクトのようです。
ここの茂みはターミネーター館の裏側にあって、このダクトはどうやら館の中に繋がっているようです。ダクトの蓋は取っ手が付いていて観音開きになっています。
「ここが開けば…」
ガチャン!
そんなご都合主義な…と思われるでしょうが、何故か開いたのです。
下に続くダクトから、風がふわっと吹いてきていました。鉄の取っ手がはしご状に下へ続いています。
「…さあ、リカ、ここへ入って…」
わたしは言われるまま、ダクトの取っ手につかまり、下へ降りかけました。
ギィッ、ガチャン!
急に真っ暗になりました。サトル君が蓋を閉めたのです。
「サトル君、どうしたの?真っ暗で怖いよ!」
「さっきポケットライト渡しておいたろ?それ使え…」
わたしは、渡されたポケットライトのことはパニクってて忘れていましたが、はっとしてそれをバッグから取り出し、点けました。
ぼうっと薄明るい光が周りを照らし出します。コンクリートのダクトの冷たい無機質な壁が目に入ります。
「…リカ…俺はここまでだ…もう意識が薄れだしてる…」
「そんな…サトル君!」
「それに…ゾンビが…周りを囲みだした…お前だけでもなんとか…生き延びてくれ…」
ぶわっと涙があふれ出ました。
「サトル君!サトル君!」
「…何とか意識のあるうちに…できるだけゾンビを…食い止めるから…早く…逃げろ!」
蓋の上からは、ゾンビの咆哮が聞こえてきます。
「…これでも…拳法は…有段者だ!」
サトル君の気合が聞こえ、格闘していると思しき振動と音が伝わってきます。
「サトル君…ゴメン…ゴメンね…」
わたしは泣きながらダクトを降りていきました。
5mもダクトを下に降りたところで足が地面に付きました。そこからは平行に狭い横穴が続いています。
サトル君の声が聞こえました。
断末魔のようでした…

わたしは、耳を塞いで、横穴に入っていきました。
どうしてこんなことに…どうして…どうして?
溢れる涙が止まりません。
サトル君の最後の声が頭の中に響きます。
断末魔とともに
「リカ、生き延びろ」 と……


                                      続く…とか続かない…とか…