「エロス」と「タナトス」 その12011/08/18 00:17

 大人になった 空白 藍

 朝のすがすがしい空気を入れようと、窓をあけた私は、網膜に飛び込んできた大きな女郎蜘蛛に驚く。一瞬、後ずさりして、庇から続くその巣を取り払う方法を考えたが、あまりにも完璧な正8角形に見惚れた。蜘蛛は、窓を開けた私など眼中に無く、せっせと芸術的ともいえるその巣を完成させようとしていた。
 その日は、本当に抜けるような青空だった。東側の窓の、まばゆい朝日をあびた蜘蛛の巣はそよぐ風をきらきらと反射させ、本当に美しかった。不思議なもので、あれほど不気味だと思った女郎蜘蛛が、美しい巣と一体化していると、いつもなら気味悪いテラッとした黒い胴体や、八本の足さえ、神々しさを感じさせる。

 あと一本で、完璧なる巣が形成されようとした瞬間、黒い影が走り、巣の主は忽然と消えた。
一羽の名も知らぬ鳥が、さらっていったのだ。

 あれだけ、丸々してたら、さぞ美味しかったろうな~。(ノ△・。)
 なんだか、がっかりして、残された巣を見る。

 いや、邪魔だったんだけど・・・・なんか、寂しい。


 谷崎潤一郎の「刺青」にでてきた「女郎蜘蛛」はきっと、十数年前のほんのちょっとの出来事なのに、忘れられない女郎蜘蛛みたいな蜘蛛だったんだな~って思う。
「刺青」って、エロティックな小説としてすぐ挙げられるけど、確か性描写は無かったよな~?
でも、今、本屋さんですぐ買える、性描写満載の漫画とかよりはるかに、淫靡だ。

 なんでかな~?
「刺青」を基にしたR15くらいの映画とかも多チャンネル放送で見たけど、あんまり、エロスを感じさせなかった。脱ぎゃ良いってもんじゃないんだよ。(*’へ’*)ぷんぷん
 
 谷崎潤一郎の「刺青」では、娘の白い足だけを見て、惚れてしまった彫りしの倒錯した恋心と、「女郎蜘蛛」を彫られた娘の女の業みたいなものが、人間の心の底にある、ふれてはいけないざわざわしたものを呼び起こすんだろうけど、そこに、真っ白な女の柔らかい背中の曲線美と、その背中に墨を入れるため、一針、一針、全神経を集中させて傷つけていく男の卑劣さと、刺された針に作られた窪み、その窪みの度に娘が、感じるだろう痛み。
一生消えることの無い刺青。
そういうものが全て合わさって、淫靡な世界を作り出していると思う。

 大切なのは、読んだ人の、「あ~痛い」とか「駄目、そんなことしちゃ」・・・って言う気持ちなんだと思うんだよね~。
だから、映像で、女の人が脱いだって、作る側が、谷崎潤一郎の世界を理解してなきゃ、小説を読んだ人の想像力には勝てないんだよ・・・きっと。

 で、不思議だな~って思うのは、
痛みを忘れるために作られた「エロス」が、痛みを感じることで作られる。
人間とは、業の深い生き物らしい。
 まっ、今まさに、芸術作品ともいえる巣が完成して、さぁ、餌ちゃんおいで~♪
って時に鳥に食べられちゃう蜘蛛より良いかな~? (* ̄― ̄)v